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Posted by ミリタリーブログ at

2010年02月01日

モデルガンチャレンジャー1984年12月号②


第1回ジャパン・ビアンキカップの告知。全国で行われた予選の模様と結果がかなり詳しくレポートされています。シューティング大会ですが当然、モデルガンで行われています


なんと賞品総額100万円!!!、予算入賞者は交通費、宿泊費全額支給!当日はビアンキ社長来日!気合い入ってます!


舞台美術、デザイナーである妹尾河童氏は当時、モデルガン愛好会の会長。当時行った講演会ではMGCのシューターワンを使った発火実演やモデルガンの解説などをされたと巻頭カラーで紹介している。


またジャーナリストのばばこうち氏がホストのインタビューでは俳優やGUN好きの著名人などが登場。この号では2人分のインタビューに6ページを割いている。

トイガンメーカーがメインスポンサーとなって発行されたモデルガンチャレンジャーは、単なる「壮大な販促」だけではなかった。本場ビアンキカップとタイアップしたかのような、単なる”遊び”を超えたソフトを提供した。また文化人の手を借りて”モデルガンの普及”を後押ししていた。つまりモデルガンチャレンジャーのもう一つの顔として、商品としてのモデルガンの普及だけではなく、「モデルガンの地位向上」を目指していたのではないだろうか?

先のエアガン規制で騒いだのは「考える会」の面々のみ。しかも出力規制のからみか分裂して新団体が出来る始末。カシオペア事件でも業界団体はメンバーであるメーカーの単独犯としてそっぽを向いてしまった。経営的にはその名を消すことになってしまったMGCだが、こうして残ったものを拾っていくとその壮大な商売手法には恐れ入ってしまう。「自身で市場を作ってそこで勝負する」ユニクロの創業者・柳井氏も同じようなこと言っていたのを思い出した。
  

Posted by So-Sui at 21:00Comments(2)◆トイガン専門誌