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2007年04月15日

引越し⑪

~拠点建設編~その2
土佐高知では支局員の顔合わせが主な目的だった。通信部に赴任して1週間、所属する高知支局の大半の面子と顔を合わせていなかったのだ。軽く打ち合わせた後は宴席。土佐の酒を体感し、「ヘンパイ」も覚えてビジネスホテルで1泊。翌朝7時のバスに乗って今度は讃岐高松へ。今度は四国支社全体の顔合わせと昼からの宴席が始まる。阿波徳島から土佐高知へ移っただけなのでこちらは顔なじみばかり、当日に家まで帰るので酒は一滴も飲まなかった。その宴席で四国支社長がこちらにやってくる・・・なんだ?つまらない顔してるのがバレたんか?「あ、12日にそっち見に行くから」「!!!!」なんやて?まだダンボール全部空けてへんで?あかん!事務所にマイコレクション山積みやん!酔ってもないのに酔いが醒める・・・。早く帰りたい・・・。




讃岐高松から3時過ぎのバスに乗って5時過ぎに土佐高知に到着。そこから車に乗って3時間ほどで幡多へ帰還・・・。その夜はメールチェック以外は何も出来ず・・・無念。翌朝日曜日からは拠点建設に全力を注いだ。おぼろげだったレイアウトを訂正して本棚とGUN棚を並べる。会社的にはそこは事務所なので棚には目立たぬようカーテンで遮蔽する。まず本棚へ漫画や資料を並べていく。ダンボールが次々と空いていく・・・続いてPC周辺だ。ノートPCと携帯の充電機の為の電源を引き、プリンターやデジカメなどを扉付き棚に仕舞っていく・・・あ、ついでにスコープやダットサイトも防湿剤のあるここに収納する。扉付き棚の上にプリンターを置いて、PC周辺も完了。最後にエアガン・モデルガン達だ。前から机兼銃棚にしていたメタルラックをそのまま使用することにした。但し、足元に棚板を追加して箱を納めるスペースを多めに取ることにした。以前のように棚の上に積み上げるとカーテンで隠せなくなる。少なくとも支社長が来るまでは銃器をカーテンの中に隠しておかなくてはならない。引越し前の量からだと十分なスペースのはずが、思わぬ誤算!引越し直前に買った「つくるモデルガン」の2箱が異常に大きいのだ!まぁ作ってしまえば箱は不要になる・・・暫くは詰め込んで我慢しよう。これで「つくモ」は急いで作らなければならなくなったナ。一見銃関係には見えないバッグや小物を詰めた箱は棚の上に載せていく・・・。支社長が来る前日の11日夜、とりあえず我が趣味の拠点は完成した。




11日の夕方、「ヤツは3時過ぎにやってくる」との情報を得たのでほっと一息。当日12日の朝、事務所の出入り口に近い仕事机の片隅に「1/3九八式照準機」を公約どおり安置して、長かった辺境への引越しは完了したのだった。  

2007年04月14日

引越し⑩

~拠点建設編~その1
29日に入院した長女は、3・4日は入院するかもと云われていたが、案外2日目には退院できるというメールが来た。これで仕事をしながらのんびりと片付けている暇はなくなった。拠点を築く前に生活スペースを確保しておかないと・・・只でさえ理解されない銃趣味は悪役になってしまう。急いでタンスやキッチンを並べ、床や押入れを拭く。生活品のダンボールと個人モノのダンボールを分け(相方は本が多い)、カビた壁紙を張り替えてもらった。31日、付き添いをお願いした母と妹の車に乗って相方と子供達が幡多へやってきた。そこからは戦争だ。相方の水周りの愚痴を聞いたふりをしつつ、テレビや食器を並べていく。出来るだけ前の家と同じ動線になるよう心がけて詰め込んでいく。空いたダンボールはテラスに放り投げていくと、一夜城のように高くなった。4月2日からはもう仕事が始まる。ご近所の挨拶などをやっと終え、1日の夜にはひと段落着いた。しかしまだインターネットは繋がっていない。電話もプロバイダーも出来ているのだが、無線LANが上手く繋がらない。これがないと拠点どころではないのだ。相方も溜まったメールを心配しているのだが・・・。
2日からは役場の手続きや免許更新、事務所でも各種書類や判子作成など事務仕事が山積している。そして何より長女の幼稚園入園というイベントが第2週に控えていたのだ。もうホビーはホッタラカシ。しかしこのクソ忙しい最中、4月6日には讃岐の国での1泊2日の全員研修があるので一人で出かけなければならない。それまでにはネット回線を繋げよう!とあれこれ試行錯誤を繰り返して4月5日の夜、やっと無線LANは開通した。阿波の国では初期投資の多さからISDNを頑なに使ってきたのだが、引越しを機にADSLへ(ここでは光回線は通っていない)。速い!動画がカクカクしないでダウンロードできる!すっげー!さぁ!ホビー生活の再開だーー!っと思ったら翌朝から研修に出発しなければならなかったのだ。嗚呼、KENさんのブログマラソンはどうなったのだろう?などど後ろ髪引かれつつも一人、1泊目の高知市へ向かったのだった・・・。  

2007年04月09日

引越し⑨

「追憶・引越し翌日~」
慌しく引っ越し先へ着いた翌日、昼からトラックが到着する。会社からは朝9時からお金の手続きを行えと命令を受けている。ガランとした部屋に入ると事務所となる部屋だけはそのままになっている。いや、そのままというよりかなり散らかっている。以前引継ぎに行ったときとさして変わりない散らかりっぷりだ。しかし8時半に入り、早く銀行に行かなければならない。丁寧においてあった山の中から引継ぎ書類に目を通し、あちこちに電話と挨拶をする。見かねた管理人さんもよく顔を出してくれるのだが、親切に答える間もないほど慌しい。やっとひと段落着いて、報告の電話をして昼飯でも食べに出ようとすると12時キッカリに荷物を運び入れようとする引越し屋のトラックが到着。こでれは外に出られない。どんどん運び込まれるダンボールと家具。まだレイアウトも出来ていないのに次々と聞かれるのでとりあえずほとんどを和室に運び込むよう指示。2時間ほどで全ての荷物が運び込まれた。
これからどうしよう?連絡の不手際で昨日に到着すると勘違いされていたらしく、生活スペースの掃除もあまり行き届いていない部屋で途方に暮れながらコンビに弁当で昼食をとる。電話やメールで相方と部屋のレイアウトを相談し、2mもある扉付き本棚を一人で運んだりした。夜になってからは、一人で全てが決められる事務所スペースの掃除兼レイアウト変更を行うことにした。なんてたってここは、俺様の趣味の基地となるんだから・・・。  

2007年04月08日

引越し⑧

「追憶・引越し当日編2」
荷物を積んだトラックを見送り、子供の入院手続きをし、実家の親を付き添いとして招き、入院を見届けてから引越し先へ出発。本来なら荷物を送ったら昼には出発して夕方に着くスケジュール。結局出発できたのは5時を過ぎてから・・・。引越し先のホテルには人数が減ったことと到着がかなり遅くなると電話はしておいたが、一人焦りながらのドライブとなった。
道中は長く、目的地までは高速道路がつながっていない。途中で無くなるのだ。高速道路はスムーズに1時間半ほどで終了。道中休憩はなし。問題はここからだ。建設中の高速道路で下ろされ、工事中の道路を横目に山道をひたすら走る。仕事で走る山道に感動はない。観光ならいざしらず、しかももう暗い。田舎の夜はいやな仕事の思い出しかない。まっすぐな道は続かないので余所見も出来ない。ひたすら道路標識と案内標識の数字を読み漁る。あと100キロ・・・89キロ・・・時速から計算しても少し遅いかな?などど考えるしか無く、食事も休憩も考えずに2時間走り続けた。ようやく市内の看板にたどり着き、以前発見したコンビニに到着。阿波の国からノンストップで3時間半、本土方面に走れば名古屋まで行ってしまうほどの時間をかけて、四国は土佐、幡多の国へ着いたのだ。コンビに弁当をホテルに持ち込み、到着を知らせるメールを打ちつつ眠りにつくのだった。車の後部座席にはプチプチで包んだだけのショットガンやマシンガンがごろごろしているのだが・・・。  

2007年04月05日

引越し⑦

「追憶・引越し当日編」
さらば阿波・・・よろしく土佐・・・って格好つけてる状態じゃない。引越し当日の29日、長女が発熱。まぁ家の異変を察しての発熱だろうと朝8時からの荷出しの間に病院へ。荷出しも終わった頃、長女を連れて行った連れ合いからメール「要入院」。
なんじゃそりゃ?何やら雑菌が増えているので抗生物質の点滴が必要なんだとか・・・。でも徳島の家、もうないぞ・・・。まぁ子供の入院なんで親が付き添うのは当たり前。ついでにまだ幼い次女も当然一緒・・・。高知に行くのは俺一人かい!まぁ気軽な引越しになるかな・・・・。  

2007年03月28日

引越し⑥

 遂に引越し前日。懸案の長モノモデルガン(箱なし)をいかにして運ぶか?様々なアドバイスをいただきましたが、結局自分の車で移動させることに・・・。プチプチシートをロールで買って1丁ずつ巻いていく。あとは車に積むだけ・・・しかし人目の付きにくい今夜中にしてしまわなければ・・・。モデルガンは金属を多用しているので重い。深夜とはいえ2・3丁ずつピストン移送する姿はさすがに怪しい。なんとかして一回で運べないか?業務用のカートなんて持ってないし・・・あった!四輪付いててショックを和らげながら運べるモノが!!!!

ベビーカー


って、こっちの方が怪しいやん!!  

2007年03月25日

引越し⑤

探すのをやめた時~見つかることもよくある話で~♪
って、ほんとよくあるんですよね。もう家中ダンボールだらけなんですが、そういう時に見つかったモノが2点。もう本当に探しまくって、諦めて代用品を買ってしまった・・・。ぬぅ。
その1:デジカメ。もう探した、探した(泣)。当時我が家唯一のカメラで、無いと親サイトのUPは出来ないし、子供の写真を撮らないわけにはいかないし、泣く泣く新しいの買いましたよ。ほんで今頃でてきやがった・・・。600万画素だから処分するのも勿体無いしなぁ。
その2:USBメモリ。これもかなり探した。仕事でも使うし、これも当時我が家唯一のUSBメモリーだった。でも使用頻度は案外少なかったので、携帯のミニSDとかで代用してたんだよなぁ。しかも今見つかってもコレ、64メガしかないし・・・。

こんどは失くしたお金とかトイガンとか出てこないかなぁ~。あ、無いのは使ったり売ったりしたから無理か。  

2007年03月18日

引越し④

 遂に引越しの荷造り開始。限りあるダンボールを確保するため、まずは私物を詰めていく。DVDや漫画は重いのでニッツウのダンボール「小」にぎっちりと。


 続いて「中」ダンボールにハンドガンを詰めていく。月末の引越しまで暫しの別れ・・・などと考える間もなくどんどん詰める。まぁ、数ヶ月に数丁はオークションで処分しているので、親サイトに載せている全てが手元にあるわけではないので楽なはず・・・でも「中」4箱も要るんですね。特に工夫をしたわけではないのだが、下箱が発泡スチロールの銃(WAやタナカ、KSC)は下の方へ、紙箱だけの銃(マルゼン、ホビーフィクス等)は上の方、木箱入りは勿論最下部へ。隙間ができたら緩衝材替わりに新聞紙を詰めていく。あとは毎日使うPC周りと・・・10丁もの長モノだけ・・・。





 もし道中壊れたら・・・なんて考えてもきりがないので今は積み上げたままにしておきます。それにしても、またを解いて元に戻すことを考えると憂鬱だねぇ~。それよりもホンマ、新居に入るんやろか・・・?


  

2007年03月08日

引越し③

 7日から一泊二日で引越し先の通信部へ仕事の引継ぎに行った。始めての土佐の国へ入る。あ、市内に路面電車が走ってる!四国でJR以外の電車が走ってないのは阿波の国だけか。延々と高速道路を走ること3時間「高速道路終わり」という表示。快適なドライブはここまで。ここからは下道を走ることに。道幅は狭すぎず、広すぎず快適。カーブが多くて頭がくらくらする阿波の国とは大違いだ。しかし、走れど走れど四万十川には辿りつかない。大雑把な地図を見ても進んでいる気がしない。地名らしきものを見つけて確認してみてもため息が出るばかり。
 山をぐんぐん上って下ったと思うと海沿いの道に出た。手前の波打ち際からから水平線までなんの障害物の無いまさに「海」。内海や岬などから見る海とは違ったスケールのでっかい海だ。道の駅や温泉など地方ではおなじみの看板が並ぶなか、やたらとクジラの看板を見かける。クジラが見れる町のようだ。大きな海ならそりゃクジラもいるわなぁ~と看板に突っ込みをいれつつ、まだ車は走り続ける。また海から山の道に入り、しばらくするとどうやら目的の町に入ったようだ。すると!!!!!無いと聞いていた全国区のコンビにがあるじゃないですか!引越し①で「ない」と書いてしまった。四万十市の皆さんごめんなさい。昨年の11月か12月に2軒ほどできたそうです。通販などの振込みに便利だなー。ヤフオクの発送もできる!辺境でのホビーライフに希望が見えた。
 仕事の話が済んで町を軽く案内してもらうと、必要なものは案外揃っている。陸の孤島にふさわしく、近隣に他の大きな町がないことから、ここで一通りのことが出来るようにはなっているらしい。ファーストフードはあるけど1社だけとか、本屋はあるけど規模は小さいとか・・・。うーん、生きていくには取り分け必要の無い「ホビー」に対してはどうなのか?そこまでは分からなかったが、まぁ希望が持てる感じのいい町のようだ・・・それよりも部屋が案外狭かったのが気がかりだが・・・。コレクションの類が収まるんだろうか・・・レイアウトを考えながら帰路についたのだった。  

2007年03月06日

引越し②

 引越しとは関係無いんですが、ここ「ミリブロ」ってすごいんですね。実は以前、親サイト「Digital TAO」で「うえすたん有りマス」というブログを掲示板と同じところでしていたんですけど、当時は一日平均の訪問数は5件ほど。数ヶ月でやっと1000件に達した時点で閉鎖したんですけど、ここミリブロでは開設初日に30件、翌日には50件とすでに10倍ほどのペース。すげー。

 さて引越しに付き物なのは、お世話になったお店などへの挨拶。小生は、新卒当初に阿波の国へ赴任してきたので丸9年間お世話になったところが2軒ほどある。今日は偶然2軒ともに転勤の挨拶をすることができた。一軒目は床屋さん「リーベ」。近所なので、大将や奥さんも顔見知りだ。今晩はたまたま飲みに行ったお店で鉢合わせたので挨拶。すると今日の飲み代をおごってもらった。ごちそうさまでした!
もう一軒は親サイト「TAO」でおなじみのトイガンショップ「クラブミッシェル」。今日小生が銃趣味をしているのもこのお店のおかげ。サイトのルガーp08、トレンチガンやブローニングハイパワーの記事を読んでいただければわかるのだが、このお店があるから高校生でやめてしまっていた銃趣味を再開することができた。阿波の国を去る前にもう一度寄って買い物をする約束をする。ここが無くなると困るのでこのブログでアフリエイトの真似事をして貢献することになった。いわば「クラブミッシェルブログ支店」みたいなもの。勿論無償。今後、頂いた写真をここにUPしますんで、是非リンクを辿って買ってやってください。
あー平日なのに今日は酔ったなー。  

2007年03月03日

引越し①

辺境へ住み始めるのは4月から。3月は引越しとその準備に追われる。

先日引越し業者による見積もり訪問があった。会社の指示で2社以上から見積もりを取れとのことだったので、大手2社に見積もりを依頼した。面倒なのでブッキング覚悟で同日に2社とも来てもらうよう連絡したら、上手く時間をずらす事が出来た。当然家の中を見て周り、家具の数、ダンボールの数を見積もっていく。本棚、タンス、食器棚・・・そしてある1室には小生のコレクション達が・・・。
ハンドガンは箱に入れてしまえば只の箱状のモノで済むのだが、いかんせん長モノはいけない。しかも長モノはオークションで売りさばく気が無いので嵩張るダンボールは年末に処分してしまったところである。見積もりに来た引越し屋は何も云わなかったが、これは自分の車で運んだほうが良さそうだ。
実はこういう経験は初めてではない。就職して実家から出る9年前にも、大小2本の模造刀と木刀を運ぶように伝えた。怪訝そうな顔で渋々梱包財で包んでくれたが、今回はそうはいかない。結構な数と強度の問題がある。うーむ、しかし自分で運ぶというのも結構ホネだな。
【写真】年末に作成した「So-Sui式長モノGUNラック1号」。メタルラックの3面にネットを張り、人工芝を敷いたもの。コマ(車輪)が付いているので普段は見にくいスキマに押し込めておける。上部分は小物やハンドガンが載っている。

  

2007年03月02日

プロローグ 辺境へ・・・

会社勤めをして10年目、転勤の辞令が来た。

9年間住んだ阿波の国から土佐の国へ。しかも土佐の国でも更に西へ、事務所兼自宅で仕事をする通信部員としての生活が始まるのだ。

通勤時間ゼロ、上司の顔を見ないで仕事が出来る一国一城の主。しかしその領地は高速道路も、大手のコンビニすらないと云われる辺境の地。阿波の国も都会ではなかったが、腐っても県庁所在地。TV電波は生まれ育った関西圏と全く同じだったのに・・・。

ガンマニアにして漫画好きのオタク道楽、果たして辺境の地で花咲くことが出来るのか?始まり始まりぃぃ~。